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突然の新大阪、進出する現実

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はじめに

ほたー おはようございます こんにちは

うおとホタルです。

今回の記事は10月17日に姫路から新大阪に仕事場を移す件について書いていきます。

新大阪行きの話は10月12日に社長さんとキャリア相談したときに初めて聞きました。正直に言って驚きました。こんなにも早く現実が変わるとは、と。9月30日の先輩とのキャリア相談で「すぐには変わらない、けどお客様相手の仕事ができるように協力する」と聞いていたもので。

ただ、これを機会に自分の仕事の再発見をしたいと思いました。食事会で気づかされたのは自分は仕事の解像度が低いということです。言い換えると仕事の全体像が見えていないということです。質問されたとき答えが途中で途切れたのは自分がお客様の役に立っているのか分からないと思っていることにも由来します。

それでは12日のキャリア相談のことと現在の心境について書いていきます。読んでもらえるとありがたいです。

社長とのキャリア相談と当日の食事会

社長さんとのキャリア相談は最初「自分の仕事の権限を大きくしたい」と切り出したことから始まりました。

社長さんも「チーム経営責任者に相当する役割をすぐに用意するのは難しい」とおっしゃっていました。現在入っている開発チームは自分も含めて3人であり、その中でリーダーが複数いると指示系統に支障をきたすためです。全員がリーダーよりも1人が窓口になって、2人が作業に取り掛かった方が仕事が進めやすいということです。

また「すぐに人員を増やすことが難しい」ともおっしゃっていました。募集をかけてどのくらいの人が興味を持つか、うちの魅力が伝わるか。人員を増やせないというだけでしたら姫路のままだったでしょう。

けれども2人の先輩のうちの1人と険悪なムードになりました。キャリア相談していない方の先輩です。その方は小学生の頃からパソコンをいじっていたネイティブなWebエンジニアです。ただ伝え方がねっとりしており、自分のイスを押したり、吐きかけるように注意したこともございました。10月6日の昼に自分がバナナを食べながら目線があったとき、その先輩がやってきて「喧嘩売ってんのか」と言われました。あきれ果てた、作業効率が落ちる言葉、話しても聞いてもらえないと受け取りました。もう既に「チーム経営責任者になりたい」という野心を抱えていました。その先輩に自分の話を聞いてもらえるようにメールを送り、もう一人の先輩にメールを転送し、社長にも伝わりました。

ちなみにメールの返信はまだ来ていません。手すきの時間がなくて自分のメールに目を通していない可能性があります。こちらから催促していません、返信なしも一つの返事だと思います。それならそれでええわ、ぷん。

その話を切り出され「新大阪に行かないか」と言われました。突然の提案、願ってもない話でした。仕事のやり方をお客様への貢献が実感できる形に変えたいと思っていましたが、環境が変わることで近づくと思いました。しばらくは姫路での仕事の進め方に準拠しますが、新大阪にいることでその近くの仕事が舞い込んでくると思います。社長曰く1、2日前に思いついた案だったそうです。

今だから、うおとホタルでもあるから、チーム経営責任者(TMO)に相当する役職に就きたいと思っているから環境に変わることにワクワクしています。2週間新大阪に身を埋めてみて、合っていれば続けようと思います。仕事の進捗に支障をきたしたり不便の方が多ければ姫路に戻りたいと切り出します。

新大阪 新しい環境 楽しみ♪

食事会にて

食事会はキッティングの時に名前を聞いていた企業の方々とテーブルを囲んで食事しました。旬の魚の刺身や黒毛和牛のステーキ、きのこと白身魚を入れた炊き込みご飯といった料理を口に運び大変美味しかったです。銀杏の渋い味はエッセイで参考にします。その炊き込みご飯をお土産に受け取り、母にあげました。翌日の昼に食べ、美味しかったと喜んでいました。

食事会で最初、相手方の企業の方が何らかの対応に追われ、料理が運ばれたにも拘わらず手を付けていませんでした。相手方の社長さんに質問したいことを聞かれ「今、彼らは何の仕事をしていますか?」と聞いてしまいました。社長さんから「逆に聞くけど、何の仕事してると思う?」と聞かれ、少し考えましたが「分かりません」と答えました。「お客さんの課題を解決してるところだよ」と聞いて、「見てもいい?」と自分が言って見せてもらいました。Visual Studioでデバッグが実行されている画面が表示され、ブレークポイントが付いていました。発生したエラーを解決してる最中だと理解しました。

エラー解決が終わったあと、自分のことを話しました。エンジニアとして3年目だということ、富山県へ旅行しにいったこと、簿記3級試験学習に取り組んでいることなどなど。話聞いてもらえるといい感じがする、相手の話も聞くとなお面白い。相手方の社長さんから自分と彼らを引き合わせることが今回の食事会の目的と聞きました。LINEで1人友達に加わりました。営業を担当しており気さくに話す方だと思いました。

いや~面白かった。食事も美味しかった。ごちそうさまでした。

現在の心境

新大阪に適応したい、姫路には仕事での一時的な訪問以外で戻ることはもうない

現在の心境は上記の通りです。最終日の14日、帰る前に「2019年7月から3年間、お世話になりました。ありがとうございました。」と言ったのは心境の表れだと思います。

自分がデザインチームの方々やパソコン修理の職人の方々とあまり会話することがなく、活かしきれなかったと思っています。1時間の休憩の間、食事する・コーヒーを飲む・寝る・スマホを見るでほとんどの時間が過ぎていきました。

ただ姫路で働いていた時間は決して無駄ではありません。CakePHPを動かすコードの書き方、AWS EC2サーバの立て方、要件定義書の書き方、色々教わりました。先輩が自分の話をくみ取って相手方に報告してくれたので、すごく進めやすかったです。姫路での時間は自分なりの目標、辿り着きたい希望の光を見つけるのに必要な時間だった、と何年も経ってから述懐したいものです。

とりあえず2週間働いてみて、29日に訪れる有馬温泉で金の湯に浸かりながら新大阪での今後をぼんやり描きたいものです。

もう一つほてった状態で考えたいこと、それは実家から出ることです。

引っ越すかも?

新大阪で働き、もし仕事に不快感を感じることが少なく、今後も続けたいと思ったら引っ越します。

現在は母と実家で暮らしています。ただ「うおとホタル」の味方とは思えなくなりました。

モノを買ったら「お金を溜めた方がいい」、皿の汚れが取れていなかったら自分に見せつけて「こんなんも取れんのか」、神絵祭で美術品を買ったと伝えたら「あんたに芸術が分かるんか」、帰ったらNetflixで韓国ドラマを見てイケメン俳優に夢中。2万5千円、生活費を受け取っており説教くさく感じることもあります。自分の価値観に対して世間の常識じゃないと言うのは余計なお世話というもの。

母は「父と二人きりになることが耐えられない」と「出ていかないで」と遠回しに言っていますが、実名だったら協力してくれるけど「うおとホタル」なら協力しないだろうなと感じてます。普段の態度から自分の大好きな魚戸ホタルを受け入れてくれるとは到底思えない。信じられないので家族には魚戸ホタルのことを話していません。

明石市長が政治家を引退なされます。明石を離れて違う町に住みたいという想いがより高まりました。新大阪の近くの町に構えたい、第一希望は川西市です。Pivot川西に行ってIT勉強会に参加するようになったので、縁を感じます。他の希望は伊丹市、宝塚市、尼崎市、少なくとも大阪府民になりたくないと思っています。

12月10日に神絵祭の美術品がやってきます。もし引っ越すなら11月26日、27日には済ませたい。引っ越すかどうかは有馬温泉に任せます。のぼせるくらい柔らかくして天井を見つめます。何を思い浮かべようと、自分が喜ぶことを優先します。そのためならば貯金が少なくなろうとも構いません。もちろん数か月生活していくためのお金は必要です。

イカ活評価システムの作成だけでなくお金を管理するためにも簿記の知識も必要です。簿記3級試験の学習も頑張ります。

新大阪に適応するための工夫

自分が働く階層には3人ほど人がいるそうですが、同室していることは少ないと聞きました。寂しいので歌愛ユキちゃんのおすわりぬいとエアプランツを新大阪に持っていきます。イメージは下の通り、本記事のサムネイル画像にもしています。

歌愛ユキちゃんとエアプランツ

ユキちゃんが乗っかるイスとエアプランツは10月15日に明石公園で開催されたロハス・ミーツで購入しました。イスは布をかけるとベッドにもなります。エアプランツは1週間に1回水を吹きかけ、蛍光灯のもとに置くだけで成長すると店主の方から聞きました。

歌愛ユキちゃんはAHS社のVOCALOIDキャラクターで稲葉曇さんの「ラグトレイン」や「ロストアンブレラ」が有名な楽曲ですね。最近ではなきそさんの「ド屑」という楽曲も再生数が多めです。おすわりぬいは限定500個チャレンジのときに応募しました。VOICEPEAK使っているのでその縁です。最近はあいさつ動画がご無沙汰ですが、復習の時に使うこともあります。

カワイイぬいぐるみと観葉植物があれば寂しくないだろうと仮定して持ち込みます。姫路では先輩もデザインチームの女性もいるのでぬいぐるみの持ち込みを控えましたが、新大阪では基本的に一人。仕事場の環境を自分で作れる、ワクワクします。

最後に

何度も言いますが、社長さんから新大阪行きを提案されたときは驚きました。

すぐには変わらないと先輩から聞いてましたが、現実の方が追いつきました。

とりあえず新大阪に適応しようと試みます。同室の方へのあいさつを忘れないように、仕事終わりには日報で報告するように、本日flierで学習した「物腰は柔らかく、意志は固く」という教訓、心がけることが増えますね。

3月からブログを始めて半年間、うおとホタルで在りたいと思ってました。魚戸ホタルと仲間たちを推して、「まどろみみっく」という箱を作り、彼らの物語を入れるためにあくせくしている自分が確かにいました。半年間、いや2年前からずっと種まきしていた成果が現実に現れ始める、そんな予感がします。

以上になります。

それでは最後まで読んでいただきありがとうございました。ほた~

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UotoHotaru
ほたー

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